Huyền thoại đua xe Freddie Spencer đã đến Nhật Bản để tham gia “CB Fan Meeting” do “WITH ME” tổ chức, dưới sự dẫn dắt của nhà báo Hiroshi Maruyama. Tại Webike Plus, chúng tôi đã thực hiện một cuộc phỏng vấn với sự hỗ trợ của “Motor Station TV,” nơi Maruyama làm hoa tiêu! Chúng tôi đã hỏi ông mọi thứ, về chuyện này và chuyện kia. Cá ngừ… chẳng phải đó là một loại cá cực kỳ cao cấp mà ngay cả người Nhật cũng hiếm khi được ăn sao?!

⚫︎Hỗ trợ phỏng vấn: WITH ME ⚫︎Ảnh: Toru Hasegawa / Honda / Yamaha / Ducati / Aprilia / Ban Biên tập

Vẫn là một tay đua năng nổ. Lái xe máy luôn thú vị bất kể điều gì!

今回のインタビューは丸山さん主催のYouTubeチャンネル「モーターステーションTV」の収録と同時取材で行った。

 

↓MOTOR STATION TVのフレディさんインタビューはこちら↓

 

丸山:モーターステーションTV・ナビゲーターの丸山 浩です。

フレディ:こんにちは。皆さんにお会いできて光栄だよ。

丸山:今日は日本最大のオートバイ用品ECサイトを運営しているウェビックの2輪情報WEBサイト「Webikeプラス」の取材です。同サイトでは2025年にフレディさんがHSR九州でCB1000Fに乗った際の様子を記事にしていますが、非常にアクセスが良かったそうです。

フレディ:なるほど(笑)。

2025年10月にも来日し、当時まだ発売前のCB1000Fに試乗したスペンサーさん。「僕がホンダに望んだ”forgiving”がある!」と絶賛した(詳細は記事参照)

 


丸山:ウェビックはレースにも力を入れていて、現在はEWC(世界耐久選手権)の冠スポンサーをしています。さらに「カワサキ・ウェビック・トリックスター」としてEWCに参戦もしていて、社長はいつも現地まで応援に行っています。

フレディ:素晴らしい。メーカー以外の会社がモータースポーツを盛り上げ、支援することは非常に大事だよ。


丸山:さらに、ウェビックの社長はフレディさんのファンだそうです。

フレディ:OH、ドモドモ(笑)

丸山:そんなWebikeプラスから質問を預かってきました。まず、フレディさんは昨年の10月にも来日されましたが、今回また日本に来てくれたのはなぜですか?

フレディ:友人のヒロシに誘われたからだよ(笑)。

丸山:来日して、何か美味しいものは食べましたか?

フレディ:ヒロシとローカルのレストランで食べた、クエという白身魚が非常に美味しかったね。

高級魚のクエをご馳走したという丸山さん。フレディさんに対する“おもてなし”がよく伝わるエピソード!


丸山:サンキュー(笑)。さて、ここからが本題です。今、プライベートでオートバイに乗ることはありますか?

フレディ:レースはしないけれど、クラシックバイクのレースやイベントには参加している。女性のチームと一緒に走ったりすることもあるよ。オートバイは身体にも頭にも、そして心にもいいから、なるべく乗るようにしている。


丸山:公道でも乗るのですか?

フレディ:ストリートバイクは何台か持っていて、メインは2008年式のホンダVFR800。25周年記念モデルで、私がレースで使ったあのカラーリング(編集部注:フレディさんがデイトナ200で駆ったVFR750Fインターセプター)のものだよ。

丸山:これから欲しいオートバイってありますか?

フレディ:I like…(丸山さんがCB1000Fを指差す)うん、これが欲しいよ(笑)。僕は1980年のデイトナで優勝したバイク(CB750F改)の写真をガレージに飾っていて、同じカラーのモンキーはホンダがプレゼントしてくれた。CB1000Fを加えてコレクションを完成させたいね。

フレディさんと言えば…の、1982年のデイトナ100マイルで優勝したホンダCB750F改。「スペンサーカラー」の由来となったマシンだ。

フレディさんの所有車①
2008年型のホンダVFR(RC46)。北米仕様の25周年モデルをお持ちとのこと(写真は日本仕様の2007年型)。

フレディさんの所有車②
2005年型モンキー・スペシャル。通称スペンサーカラーをまとったモデルで、ホンダからプレゼントされたという。



丸山:フレディさんはどんな乗り味のオートバイが好みですか?

フレディ:オートバイは速く走ることだけが目的じゃないから、どんなスピードでも、オートバイに乗っていること自体が楽しいよ。

丸山:それを具体的に教えて下さい。

フレディ:まず、VFRは履きこなした靴のように乗りやすいし、近々、1985年のNSR500に乗れる機会があるんだけど、それはものすごく楽しみ。さらにファイアーブレードの1000もすごく楽しいし、個人的に持っているロイヤルエンフィールドのショットガンも普段乗るのにすごくいい。それぞれにいいところを持っているから、どれも好きなんだ。

1985年式のホンダNSR500。フレディさんがWGP250と500の両方にエントリーし、ダブルタイトルを獲得した車両だ。

2020年にデビューしたCBR1000RR-Rでは、華麗なライディングを披露したフレディさん。

編集担当・松田が2023年にロイヤルエンフィールド・ショットガンの国際試乗会でせしめたショット。まさかその後、所有されていたとは…。

 

丸山:ちょっと意地悪な質問ですが、乗りたくないオートバイはありますか?

フレディ:I like all the bikes(笑)。でも、レースを始めた頃のプロダクションバイクは安定性が低くてなかなか大変だったのは確か。当時はまだ完成度の低いバイクもあったんだ。でも、それを嫌いだと言うのは難しい。もちろん難しいバイクもあったけれど、必ず学べることはあるし、どれもそれぞれに良いところがある。冷静に問題を見極めて解決する。クリティカル・シンキングというけれど、僕はレースを通じてそれを身につけることができたから、嫌いなオートバイは特にないね。

丸山:それは僕も同じ考えです。ダメなオートバイも楽しいところは必ずある。

フレディ:Yes! どんなオートバイもいいところは必ずあるんだ。そこを楽しんで、悪いところは自分でコントロールする。それが客観的にバイクを評価することにつながるんだ。

僕はホンダNRで1度、ケニーに勝ってるんだ!

丸山:では次の質問です。フレディさんは世界GPのキャリアで、4サイクルのホンダNR500、2サイクル3気筒のNS500、そして2サイクル4気筒の初代NSR500と、非常に個性的なGPマシンを3台乗っています。それぞれの印象を教えてください。

フレディ:NRは4サイクルで2サイクルに勝つことを目的としたマシンだけど、開発期間中に2サイクルの性能がどんどん上がってしまったため、結果は残せなかった。だけど技術的には非常に興味深くて、とても面白いバイクだったよ。

ちなみに僕はGPではないけれど、1レースだけNRで勝っているんだ。5ラップのヒートレースで、しかもケニー・ロバーツを倒してね(編集部注:1981年のAMAロードレース・ラグナセカ戦の予選レース。ケニーが乗っていたのはヤマハYZR500)それでホンダが大喜びして「これならGPに出られるぞ!」と、2週間後のイギリスGPに参戦したんだ。でも当時のWGPは押し掛けスタートだから、これが難しかったね。レースは4位まで上がったけれども、途中でエンジンが壊れてしまったんだ。

楕円ピストンのV4エンジンを搭載していたホンダNR500。写真は最初期型となる1979年式で、フレディさんが駆ったのは1981年式。



フレディ:その後のNS500は2サイクルの3気筒で、これはすぐ優勝することができた。3気筒だから軽さが武器だったのを覚えている。


丸山:3気筒のNSは、ライバルの4気筒車に対してハンディはなかったんですか?

フレディ:ヤマハのV4は3〜5速の中間加速が良くて、そこで離されることはあったから、ちょっとハンデはあったね。でも3気筒もいいところがあって、ちょうどケニーと私で強みが違ったからいいレースができたよ。でもその結果、ホンダもV4に変更しているけどね。

丸山:ホンダはコーナリングより、パワーを重視すると言われることがあります。

フレディ:本当はコンビネーションなんだけどね、コーナーの脱出速度でその後の直線速度が決まるから。パワーが高くてもそれをうまく路面に伝えられず、オーバーパワーでスピンしても良くない。バランスが大事なんだ。

丸山:V4になった初代NSR500は、あなたにとって良いオートバイでしたか?

フレディ:NSRも問題がいくつかあった。チャンバーが上で、燃料タンクが下にある、新しいレイアウトだったから、燃料を安定させるのが難しいんだ。特にガソリンが減り始めると、減速時には前に、加速の時は後ろにとガソリンが動き、バイクの挙動が乱れてしまう。なので1985年にはタンクを上に持ってきて問題が全て解決し、そこからホンダの成功がスタートするんだ。

丸山:開発途中のマシンにたくさん乗ってきたわけですね。

フレディ:でも、テスターは誰かがやらないといけないし、僕は開発に関わることがすごく楽しかった。HRCの歴史の一部に参加し、成功の最初のところに立つことができた。それは自分にとって、とてもいい経験だったよ。

2ストV型3気筒の1983年式NS500は、フレディさんが初の世界チャンピオンを獲得したマシン。

1984年にはV4エンジンのNSR500がデビュー。燃料タンクをエンジン下に配した、独特の車体構成を採用していた。

人真似ではないから、僕のライディングは特殊に見える

丸山:WGPでのフレディさんは、他のライダーと違う、1人だけ特殊な走りをしていたとよく言われます。ご自身で特別なライディングをしている意識はありましたか?

フレディ:僕はいつも自分で学び、誰かの真似をすることはない。自分のスタイルを築き上げることを考えながらやってきた。だから僕のライディングが他と違って見えるとすれば、それは人真似をせずに良くなる方法を考えてきたからじゃないかな。効率よく安定して最大の脱出速度を得られるよう、常に冷静に考えながら走っていたよ。

丸山:天才フレディは「感覚で走っているのでは?」と言われていましたが?

フレディ:それもコンビネーションなんだ。普段から努力を重ね、冷静に自分のライディングスタイルを考えながら準備する。そして実際のレースでは感覚も大事にして、自分を信じて限界をプッシュし続けるんだ。

丸山:これはお聞きできてよかった。僕の中のフレディさんは天才で、常に感覚だけで走ってるように見えていましたから。

フレディ:ドモ、アリガト(笑)。僕は若い頃から、色々な人に素質があると言われてきたから、それは認めるところではある。だけど、それを最大に伸ばすための日々の努力を欠かしてはいけない。それは人生も同じで、ゴールのために努力を惜しまないことで、自分の才能を最大限まで発揮できるんだ。

丸山:私は会社経営者でもあり、普段は着実に仕事をしています。でも勝負する時には「フレディ呼んじゃえ!」って、そんな感覚で経営していますから、それを認めてもらえた気がします(笑)。

WITH MEの丸山さん(右)は経営者なだけでなく、公道では30年以上無転倒を誇る名手。しかし、いざとなればリスクを負ってもフレディさんを召喚しちゃう!!

 

丸山:続けて質問です。フレディさんが現役だった1980年代のGPマシンと違って、いまのMotoGPマシンは電子制御やウイングレットなどが満載です。これに対してどう思っていますか?

フレディ:今までならライダーの差が出るところを、電子制御が少し減らしている部分はあると思う。自分で全てをコントロールするバイクに乗れたことは、僕にとってすごくプラスだったからね。でも僕はMotoGPマシンも試乗経験があるし、その性能もよく知っているけど、速く走らせることはできると思うよ。逆にマルク・マルケスは80年代のバイクに乗ってもおそらく速いだろう。昔のオートバイと今のオートバイは違いがあるだけで、良い悪いの差はない。アジャストする力が試されるだけだよ。

丸山:なるほど。素晴らしい回答ありがとうございます。その時その時に頑張ったライダーがチャンピオンになる、ということですね。

フレディ:もちろん才能は必要だし、いいチームやオートバイを手に入れる必要もある。でも、そのチャンスがあったとしても、オフシーズンに努力しないとそれを活かすこともできない。人生といっしょだよ。手を抜いてはいけない。

4月に開催されたWITH ME主催の「CBファンミーティング」でCB1000Fを駆るフレディさん。現役時代は「特殊なライディング」と言われることが多かったが、それは「人真似はしない」という考え方ゆえ。

現時点における“最強ライダー”M.マルケス。ライディングの特異性を指摘されることがあるのはフレディさんとの共通項?!

憧れのライダーは、最もタフなライバルだった

丸山:そんなフレディさんが、現在のMotoGPでもっとも注目しているライダーは?

フレディ:勝つためにリスクを取る全てのライダーを尊敬しているけど、やはり私の記録、最年少世界王者の記録を塗り替えたマルク・マルケスだね。それまで16年間、私が最年少チャンピオンだったのを彼に抜かれた。私は1983年、20歳と6ヶ月でチャンピオンになったけど、これは1967年から続いていたマイク・ヘイルウッドの記録を塗り替えたものだったんだ。

丸山:やっぱり悔しいものですか?

フレディ:No! No! 他の人が成功するのを見るのは楽しいよ。私の競争の原理は自分を改善することだから、他の人のことはあまり気にしてないんだ。現役時代も常にライバルは自分だったからね。

丸山:なるほど、素晴らしいですね。ちなみに今年のMotoGPは誰がチャンピオンになりそうですか?

フレディ:マルクと思っていたけど、怪我してしまったね。でも彼はこれから上がってくると思うよ。あとはベッツェッキも調子いいね。

現在(ドイツGP終了時)ポイントランキング3位のマルケス。首位のJ.マルティンとは18ポイント、2位の小椋藍とは4ポイント差!

マルケスから4ポイント差のランキング4位につけるM.ベッツェッキ。ドイツGPで負った骨折が痛い…。



丸山:まだまだ分からない、ということですね。ではラストクエスチョンです。私もとても興味があります。フレディさんの憧れのライダーは誰ですか?

フレディ:もともと私は自分がライバルだから、誰かを追いかけるということはない。けれど数多くのライダーのいいところを見て、自分の糧にはしてきた。

特に1960〜70年代のアメリカ国内のナショナルチャンピオンシップのライダーにはものすごく憧れがあったし、1977年に世界選手権のフォーミュラ750でチャンピオンになった、スティーブ・ベイカーは忘れて欲しくないね。彼はアメリカ人初の世界王者だから。憧れという意味ではケニー・ロバーツもそうした一人で、彼は今まで戦った中でいちばんタフなライバルでもある。

丸山:やっぱりフレディさんはケニー・ロバーツをリスペクトしている?

フレディ:子供のころは、サーキットのフェンスを通してケニーのレースを見ていたからね。他のライダーとスタイルや技術が全く違って、その頃から特別なライダーだった。そんな憧れのライダーであるケニーと戦い、最後の最後で勝てたんだから、さらに喜びが高まったよ。

アメリカ人初の世界王者であるスティーブ・ベイカー。1977年にヤマハYZR750で、当時存在したフォーミュラ750クラスのチャンピオンに輝いている。写真:ヤマハ発動機

Kenny Roberts, người mà Freddie ngưỡng mộ và coi là đối thủ khó nhằn nhất. Giải WGP năm 1983, nơi hai người đã đối đầu, vẫn là chủ đề được bàn tán.



Maruyama: Thật tuyệt vời, cảm ơn anh rất nhiều. Như vậy là kết thúc các câu hỏi. Freddie đã trở thành nhà vô địch thế giới khi xem Kenny, còn tôi đã đua hết mình khi xem Freddie. Tôi tự hỏi liệu mình có bao giờ vượt qua được anh ấy không...

Freddie: Đó là một vinh dự lớn. Biết rằng những gì tôi đã làm đã ảnh hưởng đến các tay đua khác, và khiến họ muốn đua hoặc lái xe máy. Đó là một niềm vui lớn.

Maruyama: Tôi đã học được nhiều điều lần đầu tiên trong cuộc phỏng vấn này, và tôi cũng rất vui khi nghe về sự tôn trọng của anh dành cho Kenny. Chúng tôi hy vọng anh sẽ truyền tải thông điệp đến người dân Nhật Bản theo nhiều cách khác nhau khi anh đến thăm Nhật Bản lần nữa. Cảm ơn anh rất nhiều vì ngày hôm nay.

Freddie: Domo arigato. Sayonara!
(Kết thúc)

Freddie đã gây sốt tại “CB Fan Meeting”!

Freddie đã có buổi xuất hiện đặc biệt tại “CB Fan Meeting 2026” được tổ chức tại trường đua Sodegaura Forest Raceway, tỉnh Chiba vào ngày 26 tháng 4. Tại sự kiện, ông đã được bao quanh bởi nhiều người hâm mộ nhiệt tình, và cũng tham gia sự kiện lái xe theo phong cách đua sức bền “Maru-Tai” trên chiếc CB1000F cùng với Hiroshi Maruyama và những người khác. Ông đã thể hiện kỹ năng lái xe xuất sắc của mình. Cuộc diễu hành kết thúc đã tạo nên một đoàn xe khổng lồ như trong ảnh!

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